
診断日: 05年31月2009日
診断を受けた時、余命はせいぜい3ヶ月と言われました。私は働いていて、これから長い人生が待っていると思っていました。当時49歳でした。最初にインターフェロンを試しました。私は死にかけました。次に生化学療法を受けました。これもまた惨事でした。あちこちに新しい腫瘍が次々とでき、何度も手術を受けました。腸と肺の腫瘍が一番ひどかったです。国立衛生研究所の臨床試験に参加しました。今日初めて知りました。1年間、月に一度、カリフォルニアからメリーランドに通いました。大変な苦労でした。2011年の感謝祭の時にようやく白血球移植を受けました。次の通院で、効果がなかったと告げられました。泣きました。ひどいものでした。それからヤーボイを試しました。腫瘍摘出手術を続けました。 2年前には、1ポンド(約450グラム)を超える巨大な腫瘍の手術を受けました。再びヤーボイを投与しました。今のところ、私は無病状態です。落ち込まないようにしています。結局のところ、私はまだ生きているのですから。神経障害とホットフラッシュで辛いですよね。皆さん、頑張ってください。
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